firediary

地方都市に住むアラフィフバツイチリーマンのライフログ

僕の人生で最も恐かった話(全く心が通じない人たちの話)


・・結婚前、ドライブで偶然彼の実家の近くまで行ったので、彼が家に寄ろうといい出したことがあったの。夕食時だし、と私は渋ったんだけど、彼は無造作な人だから、近くまで来たんだから当然家に寄るのは当たり前ぐらいに思っていたのね。彼の両親とはその前にあったことがあって、こういう言葉は何だけれども、不気味な印象があったので、私はあまり気がすすまなかった。
でも、まあ、とにかく家におじゃましたの。案の定、お母さんは夕食の準備。ご主人と二人きりの夕食だから、もちろんそんなに沢山のおかずは用意していない。そんなことわかっているのに、ああ、ちょうどよかった、ここで晩ご飯もらっていこう、って彼はいうの。いや、それは悪いから、って私が帰り支度をすると、なんだ、家の食事は食いたくないのか、って彼の父親が気を悪くしたような声を出すので、仕方なく、お母さんの作った料理を運ぶ手伝いをしたの。
そしたらおかずが三人分しかない。私はそのとき、まあ、いわば何の屈託もない太平楽な娘だったので、あ、一つ足りませんよ、ってお母さんにいったのね、そしたらお母さんがにこやかに、あ、あなたのはね、ないのよ、って応えるじゃない。まったく予想もしていなかった言葉だったので、私は、はあ、といったきり。ご飯だけは一人分もらえたので、しかたなくぼそぼそ口に運んだけれど、さすがに彼は気がとがめたのか、僕のを半分やろう、とか分けてくれたんだけれど、それを見て、お母さんが、そんな、おまえ、っておろおろして涙を流さんばかりなの。ご主人の方は−−つまり私の舅になった人だけれど、一言も発しないで黙々と食べているの。
どういうことなのか、まったくわからなくて。つまり、帰れ、っていわれたってこと?それにしてはお母さんはそれはそれはにこやかだったのよ。自分の息子がガールフレンドにおかずを半分ゆずるまではね・・。

『沼地のある森を抜けて』(梨木香歩)より